大阪高等裁判所 平成12年(ネ)2585号 判決 2000年12月12日
控訴人
X
被控訴人
Y
右訴訟代理人弁護士
中紀人
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担する。
事実
第一申立て
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金三〇〇〇万円、及びこれに対する平成一二年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 仮執行宣言
第二主張
一 二に当審における主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
二 当審における主張
1 控訴人の主張
(一) 消滅時効の始期について
本件のような場合に、被控訴人が控訴人から、金銭を借り受けたのか、又は騙し取ったのかは、借主(騙取者)である被控訴人の主観的意図により定まるものであって、被控訴人が貸主(被騙取者)である控訴人から金銭の交付を受けるという事実関係は一つである。
そのうち、騙し取られたことによる損害賠償債権は、被騙取者が損害の発生を知った時から、その消滅時効が進行する。そして、被騙取者が右損害の発生を知ることができるのは、同一事実関係における貸付金としての交付金が返還されないものに確定したことを知った時であると解すべきである。
控訴人は、被控訴人を破産者とする大阪地方裁判所岸和田支部平成六年(フ)第三六号破産事件において、騙し取られた金員を破産債権として届け出ているが、その原因を貸付金としている。そして、大阪地方裁判所岸和田支部は、平成一一年一〇月四日、同支部平成七年(モ)第二〇七八号免責申立事件において、被控訴人に対し免責決定をした。
よって、控訴人の被控訴人に対する貸付金の返還債権は、平成一一年一〇月四日をもって支払われないことに確定し、控訴人は、同日、金員を騙し取られたことによる損害の発生を知ったことになる。
したがって、控訴人の被控訴人に対する本訴損害賠償債権は、本訴提起前に時効により消滅していない。
(二) 消滅時効の中断について
前記(一)のとおり、損害賠償債権と貸金返還債権は、法律構成に差があるだけであり、控訴人が先に交付した金銭の支払いを受けるという経済目的は同一である。
破産手続参加、すなわち破産債権の届出は、訴え提起のように訴訟物を厳密に構成して届け出るべきものとは考えられないから、右の事実関係から出るものである限り、損害賠償債権についても、貸金返還債権についても、いずれも時効中断の効力があると見るべきである。
控訴人は、平成六年五月ころ、大阪地方裁判所岸和田支部平成六年(フ)第三六号破産事件について、本訴損害賠償債権三〇〇〇万円を貸金返還債権として、破産債権の届出をした。
よって、右届出によって、本訴損害賠償債権についても、消滅時効は中断している。
そして、右破産事件の終了は平成一一年四月五日であり、同免責決定は同年一〇月四日であるから、本訴損害賠償債権は本訴提起前に時効により消滅していない。
2 被控訴人の認否・反論
(一) 消滅時効の始期について
控訴人の主張(一)のうち、控訴人が被控訴人を破産者とする大阪地方裁判所岸和田支部平成六年(フ)第三六号破産事件において、貸付金を破産債権として届け出ていること、同支部が平成一一年一〇月四日同支部平成七年(モ)第二〇七八号免責申立事件において、被控訴人に対し免責決定をしたことは認めるが、その余は争う。
控訴人は、平成六年ころには、本訴請求原因事実記載の事実をもって、被控訴人を刑事告訴しているのであるから、控訴人が被控訴人の行為をもって詐欺に該当するものと認識するに至ったのは、少なくとも右刑事告訴以前である。
よって、本訴の提起時である平成一二年二月二八日時点において、控訴人が本訴請求原因事実を認識してから既に三年以上が経過していることは明らかであり、本訴損害賠償債権は、時効により消滅している。
(二) 消滅時効の中断について
控訴人の主張(二)のうち、控訴人が平成六年五月ころ大阪地方裁判所岸和田支部平成六年(フ)第三六号破産事件において、貸付金を破産債権として届け出ていること、右破産事件が平成一一年四月五日終結し、同支部が同年一〇月四日同支部平成七年(モ)第二〇七八号免責申立事件において被控訴人に対し免責決定をしたことは認めるが、その余は争う。
控訴人は、大阪地方裁判所岸和田支部平成六年(フ)第三六号破産事件において、破産債権の届出をしているが、その原因は貸付金であり、本訴損害賠償債権ではない。
貸金返還債権と不法行為による損害賠償債権とは、その要件事実を全く異にするものであり、貸金返還債権が不法行為に基づく損害賠償債権の担保となるような付従的な関係も認められない。破産手続においては、不法行為を原因とする債権届出は可能なのであるから、控訴人において、貸金返還債権としての届出とともに、本訴損害賠償債権を破産手続において行使することは十分可能であったのであり、破産手続における権利行使の制約も認められない。
このような意味で、右貸金返還債権と本訴損害賠償債権とは実質的に同一であるとはいえないから、控訴人が主張する貸付金としての破産債権の届出は、本訴損害賠償債権の消滅時効について中断の効力を有しない。
理由
一 当裁判所も、控訴人の請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、二に当審における主張に対する判断を付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決九頁八、九行目を削除する。
二 当審における主張に対する判断
1 消滅時効の始期について
控訴人は、平成一二年六月一二日の原審弁論準備手続期日において、本件不法行為による損害を知ったのが、被控訴人の破産宣告の通知が届いた平成六年四月末ころであることを自認している。したがって、本訴請求債権である控訴人の被控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償債権は、遅くとも平成六年五月一日から消滅時効の進行を開始したと認めるのが相当である。
控訴人は、控訴人の被控訴人に対する貸金返還債権が法律上支払われないことに確定した平成一一年一〇月四日に、控訴人が右不法行為による損害を知ったと解すべきであると主張する。
しかし、本訴損害賠償債権は、被控訴人が控訴人を騙して、控訴人から金員の交付を受けた時に発生しており、控訴人が平成六年四月末ころに損害を知った時以降、控訴人が被控訴人に対し本訴損害賠償債権を行使することについての制約はなかった(破産手続によって行使するという制約はあるにしても)。したがって、本訴損害賠償債権の消滅時効が平成六年五月一日から進行すると解するのに何らの妨げもなく、右貸金返還債権が法律上支払われないことに確定した日の翌日である平成一一年一〇月五日から消滅時効の進行を開始するとの控訴人の主張は、採用することができない。
2 消滅時効の中断について
(一) 控訴人が、被控訴人を破産者とする大阪地方裁判所岸和田支部平成六年(フ)第三六号破産事件において、本件訴訟において騙し取られたと主張している金員を、その原因を貸付金として、破産債権の届出をしたことは、当事者間に争いがない。
貸金返還債権と損害賠償債権とは、法律上別個の債権であるから、貸金返還債権を破産債権として届け出たことによって、当然に損害賠償債権の消滅時効が中断するものと解することはできない。
しかし、破産債権として届出がなされた右貸金返還債権と本訴損害賠償債権とは、控訴人が被控訴人に対し交付した金員の支払いを請求するという点において、経済的に同一の給付を目的とする関係にある。また、被控訴人が控訴人に対し金員の借受を申し入れ、控訴人が被控訴人に対し貸付金の名目で金員を交付したなど客観的な事実は同じであって、被控訴人が返還の意思を有していたか否かという主観的な事実について相違があるにすぎないから、基本的な請求原因事実の相当な部分を同じくしている。そして、右のような事情に、立証の難易を考慮すれば、控訴人が、右破産事件において、損害賠償債権としてではなく、貸金返還債権として、破産債権を届け出ることは、もっともなことである。しかも、控訴人にとっては破産債権として三〇〇〇万円が認められることが重要なのであって、破産債権の原因が貸金返還債権であるか又は損害賠償債権であるかは必ずしも重要ではないことなどをも考慮すれば、控訴人が貸金返還債権を破産債権として届け出た場合に、さらに損害賠償債権を破産債権として届け出なかったとしても、やむを得ない面がある。
これらの事情を勘案すれば、控訴人が右貸金返還債権を破産債権として届け出たことによって、その届出を維持している間は、本訴損害賠償債権の権利行使の意思が継続的に表示されており、本訴損害賠償債権について催告が継続していたものと解する余地がある。
(二) しかし、仮に控訴人が右貸金返還債権を破産債権として届け出たことによって、その届出を維持している間は、本訴損害賠償債権について催告が継続していたものと解することができるとしても、右破産債権の届出は催告の効力しか有しないから、控訴人は、右破産手続が終了した日から六か月以内に裁判上の請求等の時効中断の手続をとらなければ、本訴損害賠償債権の消滅時効について中断の効力は生じないということになる。
ところで、右破産手続が平成一一年四月五日終結したことは、当事者間に争いがない。そして、控訴人が本件訴訟を提起したのが平成一二年二月二八日であることは、当裁判所に顕著である。
したがって、本件訴訟の提起は、右破産手続の終結から六か月が経過した後になされているから、右破産債権の届出によって本訴損害賠償債権の消滅時効について中断の効力を生じていないことになる。
(三) 控訴人は、右貸金返還債権を右破産手続において破産債権として届け出たことによって、本訴損害賠償債権の消滅時効について裁判上の請求等と同様の確定的な中断の効力が生じるかのごとき主張をしている。しかし、右貸金返還債権と本訴損害賠償債権とは法律上別個の債権であり、その要件事実も厳密には異なるものであるから、右貸金返還債権の存在が破産手続において認められたとしても、本訴損害賠償債権の存在まで認めることはできない。したがって、右貸金返還債権を右破産手続において破産債権として届け出たことによって、本訴損害賠償債権の消滅時効について裁判上の請求と同様の確定的な中断の効力が生じると解することはできない。
控訴人は、破産手続が終了した日ではなく、免責手続が終了した日の翌日から消滅時効が進行するかのごとく主張する。しかし、免責手続は、破産手続とは別の手続であるから、破産債権の届出による時効中断の効力が、破産手続が終了した後であっても、破産手続とは別の手続である免責手続の終了した日まで維持されるものと解することはできない。
(四) 以上によれば、控訴人が右貸金返還債権を右破産手続において破産債権として届け出たことによって、本訴損害賠償債権の消滅時効について中断の効力は生じない。
三 よって、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとする。
(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 前坂光雄 牧賢二)